技術大国ロシアのイノベーション拠点:ロシアのスタートアップが置かれた状況

2017年8月31日、サッカーワールドカップのアジア予選で日本代表はオーストラリアに勝ち、2018年に行われるロシアワールドカップの出場を決めました。そう、来年のワールドカップはロシアで開催されます。

ロシアという国名を知らない人はいないでしょう。でも、いまのロシアがどんなところか?と聞かれると、なかなか答えるのは難しいのではないでしょうか。

日本のニュースで、ロシアについて目にするのはほとんどが政治関係の話題です。ビジネスというと石油や天然ガスの話であり、このブログのテーマであるようなデジタルビジネスとは無縁であるというイメージがあるかもしれません。

もちろん、ロシア経済において石油、天然ガスをはじめとした資源ビジネスは極めて大きな存在感を持ちますが、だからこそ、デジタルビジネスのような新たなイノベーションに国をあげて注力する理由ともなっています。

ロシアでもイノベーションを担う役割としてスタートアップが期待されています。本連載では、ロシアのスタートアップを支援する仕組みを紹介していこうと思いますが、その前に、ロシアのスタートアップが置かれた状況を日本との比較で見ていきましょう。

日本と似ているところ:人口、言語、政府の関与

人口

ロシアの人口は約1億4,344万人で世界9位、一方日本は約1億2,690万人で世界10位です(2016年)。両国の人口はほとんど同じなんですね。都市で比べると、モスクワが約1,238万人に対し、東京都が約1,373万人と、これも同じくらいです(2017年)。

言語

レストランのメニューの例。ここでリストされているのはサラダの種類

特徴的なのは言語です。最近はワールドカップの影響か、モスクワでも英語メニューを出している店舗が増えましたが、数年前まではモスクワでロシア語(キリル文字:右の写真参照)が読めないとご飯を食べることさえ困難でした。

振り返って日本を見てみましょう。日本もまた、インバウンド観光客の増加やオリンピックのおかげで英語メニューがある店舗は増えていますが、まだまだ少ないでしょう。

店舗における英語メニューの有無に象徴されるように、それぞれの母国語でなければ、ビジネスがやりにくいというところが、とてもよく似ています。もちろん、ロシアの若い世代は英語が話せる人は多いですし、ビジネスパーソンも英語ができる人は多いです。むしろ、日本より多いかもしれません。とはいえ、メディアで発信される情報もそれぞれの母国語のものが圧倒的で、これも相互理解を阻害している要因であることは間違いないでしょう。

政府の関与

もうひとつ似ているのは、政府の関与です。いろいろな切り口で比較できるので違う見方もできるとは思いますが、ここで指摘したいのはイノベーションの促進という観点です。

アメリカのイノベーションのシステムは、VCや企業、大学主導で政府を牽引することが多いのに対し、ロシアと日本は政府が旗を振っている、という点がよく似ています。もちろん具体的なアプローチに差異はありますが、政府主導で大学に関与したり、投資を促そうと様々な政策・施策を試みたりしています。また、伝統的に政府のビジネスに対する規制が厳しいところも似ているポイントです。

人口、言語、政府の関与とイノベーションの関係

イノベーションという観点で行くと、これらは、どうしても内向きな動きを促します。人口がそこそこあって、言語が特殊で、事業環境をつくる政府の関与や規制が厳しいと、イノベーションは国に閉じた形になりがちです。両国の人たちはそれを十分理解していますから、国外に出ることを強く志向してはいます。ただ、置かれた環境による制約は否めないところです。

日本と違うところ:資源、国土、国の新しさ

資源

次に違うところを見ていきましょう。あらためて言うまでもないですが、石油、天然ガスはもちろん、レアメタルを含む鉱物資源の豊富さはロシアと日本では比べものになりません。ロシアの資源偏重の経済構造はアラブ諸国に似ているともいえ、「オランダ病」と言われる、資源が豊富であるがゆえに産業が育たないというジレンマを抱えています。資源偏重に対するロシア政府の危機感はかなり高く、この連載で紹介していくイノベーションセンターに政策的に投資していく動機にもなっています。

国土

ニジニ・ノヴゴロドで宿泊したホテルから、ボルガ川を望む。川は凍っていて雪が積もっている。川の向こう側には原野が広がる。

さらに一目瞭然なのが、国土の広さの違いです。人口は同じくらいでしたが、人口密度は1平方キロメートルあたりで、日本が約335人であるのに対し、ロシアはわずか約8人です。もちろん、人口はロシアの欧州側であるモスクワ周辺に集中していますので、そこまで極端ではないのですが、この国土の広さの違いは2つの違いに帰結します。

ひとつは、物流網の違いです。国土の広さだけが原因ではないとも思いますが、ロシアではまだまだ物流の信頼性が低いようです(特にラストワンマイル)。そのためか、ECも自宅まで届けるほかに都市部の各所にある配送拠点に取りに行くという選択肢があり、そちらのほうが使われているようです。

もうひとつは、地域分散の産業形態です。日本の地方都市に比べ都市同士が離れており、(これはソ連時代の遺産とも言えますが)得意な産業も分化しています。今後の連載で取り上げようと思いますが、モスクワから東に400キロ離れたニジニ・ノヴゴロドでは通信産業が発達し、さらにそこから東に1,300キロ離れたエカテリンブルク周辺では鉱工業や自動車部品産業が発達する、といった特色が出ています。

国の新しさ

最後に、日本との大きな違いとして国の新しさを指摘できます。日本でバブルがはじけて大騒ぎがはじまっていた1991年、ソ連共産党が解散しゴルバチョフが辞任、ソビエト連邦が解体しました。それから26年。日本でバブルを知らない世代が社会に出始めているように、ロシアではソ連を知らない世代が出てきています。これから両国では世代間のギャップに悩み続けて行くことになるのでしょう。バブルまでの高度成長という成功体験に対抗していくという世代と、ソ連という失敗体験を乗り越えていこうという世代。この目線の違いは、今後の日本とロシアに大きな違いを生み出すような気がします。いずれにせよ、ロシアという国、社会主義から資本主義に乗り移った国としては、まだまだ新しい国だということができるでしょう。

ロシアでのイノベーションシーンに注目する意義

イノベーションといえばシリコンバレーだけを見ておけば良いんじゃないかと言われるかもしれません。もちろん、シリコンバレーはイノベーションの集積地として大成功した土地であり、世界のお手本といっても良いでしょう。ただ、シリコンバレーと同じようにやれば上手くいくかと言うと、日本のビジネス環境とはあまりに違いすぎて、完全にシリコンバレー化するかイノベーションを諦めるかの2択を迫られている気になります。

これまで見てきたように、ロシアはビジネス環境として抱えている課題に日本と似たところが多くあります。また、同じような課題にそれぞれのアプローチで取り組んでいるからこそ、ロシアがしている試行錯誤は日本でも参考にできるところがあるし、一緒にやっていける可能性も大きいのではないでしょうか。

次回からはロシアの各都市でのスタートアップを支援する仕組みを紹介していきます。

<参考>
世界経済のネタ帳:世界の人口ランキング
世界経済のネタ帳:世界の人口密度ランキング
JETRO:ロシア概況